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3月20日付の日経新聞全国版の文化面に土井 章広さんの記事が掲載されました。 今回はかなり多きな記事で全国版なのですごいです☆

海に囲まれ、山の緑も美しい兵庫県淡路島。僕はここで祖父の代から続く「富久屋」の三代目布団職人として暮らしている。二十八歳で布団職人というだけでも珍しがられるが、彼にはもう一つ力を入れていることがある。布団を使ったアート作品の制作だ。
□ ◇ □ 淡路島アート祭が転機
手作りのシングル布団にこだわり、時にはそれが淡路島の地図になり、釣り上げたイカや毎日酷使されているカバンを包み込むこともある。四月には大分県別府市で開催される現代芸術の国際フェスティバルにも参加。布団職人だからできる“布団アート”の可能性を追及している。
物心ついたころから絵を描いたり、工作をしたりするのが好きだった。高校を卒業すると、京都の美術系大学に進学して油絵を学んだ。絵を描いて生計を立てられればいいが、世の中はそう甘くないし、家業もある。手に職をつけるため、卒業後は東京・板橋にあった布団職人を要請する東京蒲団(ふとん)技術学院で、布団作りを一から学んだ。
同期は自分を含めて三人。残念ながら学院はその後なくなってしまったが、運針から仕上げの綿入れまで一年かけて技術を学んだ。ここを修了して淡路島に帰郷。家業を手伝いながら油絵を描いていた。
転機は2004年に訪れた。翌年、淡路島アートフェスティバルが開かれると聞き、誘われて参加することになった。壁画の平面作品を出品するつもりだったが、フェスティバルを主催するメンバーの方から「布団を使ってみたら?」と持ちかけられた。実は学生時代、「布団に絵を描いてみたらどうだろう」と夢想したことがあった。
布団職人だからこそできる表現があるかもしれない。しかも布団であれば鑑賞する人に作品を体感してもらえる。早速、布団を使ってアート作品の捜索を試みた。’05年のアートフェスティバルの出品作として最初に作り上げたのが「スカイダイビング布団」だ。うつぶせ寝の自分の習慣をヒントに、白い敷布団を大空に見立て、雲を描いた。布団に飛び込むと、まるで空を飛んでいるように錯覚する。
ガチャガチャ用大好評
淡路島アートフェスティバルのほか、地元でこうした展覧会が開かれるとそれに応じて創作をしている。カバーをめくると絵が出てくる座布団を作ったり、「HERO」と名付けた作品ではピンク、緑、赤、青、黄の5色の布団をがけの上に展示したりした。これはテレビ番組のヒーローものをイメージした作品だ。
お金を投入するとおもちゃ入りのカプセルが出てくるガチャガチャ。おもちゃの代わりに2.5センチ四方の小さな手作り座布団を入れた「ガヂャガヂャ」という作品は、100円で本当に買えることが面白がられたのか、お客さんに大好評。とはいえ1個作るのに数十分もかかり、展示期間中も座布団作りに追われ、悲鳴を上げた。
「淡路島大地図布団」は、黄緑色の掛け布団にクワガタ虫の捕れる山、祭りの様子など、僕にとっての淡路島をペンで描いた。「昼寝屋」と題した作品はひと組の布団の隣に、カバン用の小さな布団を敷いた。鑑賞する人に実際に寝てもらい、愛用のカバンにも休んでもらおうという趣向だ。僕は子どものころからロボットなど愛用のおもちゃを大切にしてきた。物を大切にする心を表現したいと思ったのだ。
笑えるいたずら心発信
最も印象深かったのは「烏賊(いか)の布団」。釣り好きのアーティストが企画した「イカと釣り人展」の出品作だ。僕自身、イカ釣りが趣味。“イカサイズ”に縮小した布団を作り、それを釣りに持参。釣り上げたばかりのイカを敷布団に乗せ、掛け布団をかけるとイカが墨を吐く。その様子を写真に撮り、墨のついた布団と共に展示した。
他の釣り人に「布団があるぞ」と怪しまれ、恥ずかしさのあまり「ほんまですね」と他人ごとのようにとぼけたり、海風にあおられ舞い上がった布団を追いかけたり。思い出は尽きない。
祖父の代にご呉服も商っていたため、倉庫には珍しい古典柄の布地もあり、布団アートに活用している。布団職人として布団はあくまでも布団、というこだわりがある。長方形の布団の形だけはアートとはいえ変えたくない。
職人としての腕も磨きつつ、ちょっと笑えていたずら心のある布団アートを淡路島から発信していきたい。(どい・あきひろ=布団職人)
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